ロヒンギャの悲しみ ②

先にこちらから読んでいただきたいです。

「ロヒンギャの悲しみ ①」

https://dokushoplacecom.wordpress.com/2018/05/04/333/?preview=true

ロヒンギャの村には菩提樹のような枝先が広がった木があった。

干し草が積まれて大玉転がしの球のようになっていた。クロード・モネの「積みわら」を連想した。

芝の浅い大地では牛が時間の流れをせきとめるようにのらりと歩いていた。

南へと流れる黄濁した川では「Fish man」が魚を獲っていた。ニワトリが「ケッコケッコ」と足元をつついた。

この村の生活はほとんど自給自足である。わずかに薬や個包装のミルクコーヒーなどが外部から入ってきていたが、ほとんど文明から取り残された生活である。

ガイドのTさんは親戚が営んでいるというレストランへと連れていってくれた。レストランといっても通常、日本人が想像するようなモノではない。

店の前では男たちが木を編んで、何かを忙しそうに作っていた。

「あれは結婚式の舞台だよ。明日、この村の少女と青年が結婚するんだ」

祝宴に向けた準備をする村の人々の顔は晴れやかだった。誰もが労働の汗を流すことを嬉々としていた。

「それじゃあ僕はここで失礼するよ」とTさんが帰っていった。代わりに店の外から不思議そうに異邦人を見ていた子どもたちが入ってきた。興味津々といった様子で僕を取り囲む。

それを見た店の主人はそさくさと子どもたちを追いやってしまった。

元から店にいた一人の少年と共にご飯を食べた。16歳だという彼は思春期の相克を目の奥に含んでいた。

日々の生活について尋ねると、堰を切ったように話を始めた。
「僕が持っているシャツはこの一枚さ。なぜ僕たちはこんな生活を余儀なくされるのか?」
時折、のぞかせる意志の強さが僕をドキリとさせた。彼の虹彩はどんな世界を映し続けるのだろうか?

食事を終えると、キンマを勧められた。キンマとは東南アジアの嗜好品である。町に出ると、キンマの屋台があるほど暮らしに根付いている。

キンマという植物の葉に石炭を塗って、砕いた木を挟んでいる。それを噛むと、独特の風味がする。

最初は「なんやこれ」と吐き出してしまったが、だんだんとクセになる。キンマを噛むと、葉が真っ赤になる。

唾も真っ赤である。東南アジアの路上で血点のようなモノが見られるが、それはキンマを噛んだ人が吐く唾なのである。

村には幾本もの細い路地がつたっていた。路地沿いに家々が立ち並ぶ。

こどもたちはやはり長期休暇中だからであろう。店先でたまったり、走り回って遊んでいたりする。

のどかな村だった。世界情勢の苦節の上にあることを忘れてしまうくらい。

「ロヒンギャの悲しみ ③」

https://dokushoplacecom.wordpress.com/2018/05/11/660/?preview=true

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