螢川

ミャウーはほとんど外国人のいない町である。1日目の夜にレストランで食事をする白人カップルと会ったが、それだけであった。2ヶ月の旅中でこんなに現地の人しかいない町は初めてだった。

この町で日本人と邂逅した。

それもロヒンギャの村でのことだった。僕が初めて村を訪れた日、食事をしているところに外国人とおぼしき男性が通りかかった。

それが日本人のR君だった。彼は僕より1つ歳上の早大生だった。

文化構想学部でアイヌ民族について学んでいて、少数民族に興味を持たれていた。

またカメラマンを志望していて、ロヒンギャの笑顔を取ることがR君の旅の1つのテーマだった。

ニコンのDシリーズと、もう1つ、名前を忘れたがマイナーな国内メーカーのフィルムカメラを持っていた。

「フィルムカメラやと撮った写真を確認出来へんやないですか?」と言うと

「それが良いんだよ」と彼は目を細めた。

その日の夜、ミャウーのレストランで一緒に飲んだ。すぐに意気投合した。

ミャンマーの奥地に来るにはそれなりの理由が必要だ。「どんな経験をしてきたのか?」

2人の思想傾向は少し異なっていた。

一般的な分類でいうと、僕はリベラルであるが、R君は保守的だった。ロヒンギャ問題に関しても、彼はアイロニカルな視点を持っていた。

僕は一面的な見方をしていた。またややもすると自分の考えに固着してしまいがちであった。R君はそんな僕に新たな風を与えてくれた。

大学で専門的に民族学を修めているだけあって、ロヒンギャの発生する背景にも精通していた。感情論ではなく学術的な見方をしていた。

話し込むうちに、客は僕たちだけになっていた。店員が片付けを始めていた。

店を出てガードレールにもたれ掛かって話を続けた。

「ロヒンギャの村の子どもはどんな人生を歩むのでしょうか?」

「どうなんだろう。ただ苦しい境遇でも子どもは目の輝きを失っていない。それは強く感じたね」

一歩引いた目線からロヒンギャ問題を考えていたR君が珍しく同情的な感想を漏らした。

「でも僕らは、彼らの現状を変えるコトはできない。そうやないですか」

僕がそう言うと、彼は考え込むように暗がりの川に目を向けた。水流の音だけが鳴っていた。

「あっ蛍が飛んでる」

R君が指差した先を見ると、数匹の蛍が点滅していた。

「ホンマや。」

「蛍の光」ではないけれど、何となくそれで帰るコトにした。翌日の早朝、R君はラカイン州の州都・シットウェに船で向かった。

「明後日には行きますから、また会いましょう。」

そういって彼に別れを告げた。

第24話 「生まれ出づる悲しみ」

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